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最上光宏
1937年青森県八戸市に誕生、八戸高等学校卒業後、明治薬科大学に入学。
日本キリスト教団駒沢教会に通い国安敬二牧師より受洗
1960年同大学卒業後、東京大学医学部付属薬局(研修生)、日本赤十字横浜病院などに薬剤師として勤務。
1963年東京神学大学3年に編入学。
1967年同大学修士課程修了後、大阪教会伝道師。
1969年金沢彦三教会(後に会堂移転により「金沢元町教会」に改称)主任担任教師就任。
1981年弘前教会主任教師就任(その間大鰐伝道所設立)
1998年浦和東教会主任担任教師
2007年所沢みくに教会主任担任教師就任、現在に至る

ようこそ!
所沢みくに教会の牧師の最上(もがみ)です。
私は、高校時代まで教会とは無縁の生活を送っていました。むしろ神や仏に頼ることは、「弱い者」のすることだと、強がっていました。しかし、受験期を控えて私はしみじみと自分の弱さを痛感するようになりました。勉強に集中できず、自分の立てた計画やノルマを自分で実行できないのです。それだけではなく肉の誘惑に勝てず、享楽的な遊びにのめり込みそうな危険を感じました。「これでは自分は破滅してしまう」そういう不安と危機感から、教会に通い聖書を読もうと決意したのです。聖書の言葉を支えとして少しでも強くなろうとしたのです。
聖書を読んでいてハッとさせられる言葉に出会いました。それは、パウロが「ローマの信徒への手紙」の中で述べている自らの告白です。「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分の望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。わたしはなんという惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(7:15-24)。この箇所を読んだとき、私は「これは私のことだ」と思いました。パウロはこのような自分の弱さと罪の意識の中で、「イエス・キリストの十字架の死と復活はこの私のためのものであった」と悟り、キリスト教の迫害者から、伝道者に生まれかわったのです。彼はまたいくつもの持病に悩んでいましたが、「わたしは大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(コリントの信徒への手紙二12:9-11)と述べています。イエス・キリストを通して示された神の愛と恵みの大きさ強さに圧倒されたからです。
私も、聖書を通して神の愛と恵みを知るようになり、自分の弱さを受け入れられるようになりました。今は、少しでも神と人とに仕え、救われた喜びを一人でも多くの人に知って頂きたいと願っております。
どうぞいつでも気軽にお訪ねください。神の平安をお祈りしております。
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