毎週の説教メッセージ

off 主によってしっかり立ちなさい

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説教:加藤 久幸 牧師

フィリピの信徒への手紙 3:17-4:1

 パウロが言う「キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです」(18)とは、誰のことでしょうか。先週の3:1b-16では、私は、その箇所の敵対者を、取りあえずユダヤ主義者と呼びましたが、彼らは律法を守ることによって義は得られるものと考えていたと思われます。しかし、今日の箇所においての敵対者は、取りあえず自由主義者と呼んでおきますが、彼らは肉体に関する姿勢を問題にしているようであります。彼ら敵対者は、別々の存在というより一つの存在に同居しているのかも知れず、近代の人たちが名付けたユダヤ・キリスト教的グノーシス主義者であったと理解した方が適切かもしれません。パウロは「わたしたちの本国は天にあります」(20)と語ります。また「天より降り」(20)ということはグノーシスの理解でも語られますが、「キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体で同じ形に変えてくださる」(21)という告白は注目すべきです。パウロは、ユダヤ人として、キリスト者として、体は神が造られたものとして、受け入れています。パウロは、現時点でのフィリピの信徒たちを「愛し、慕っている」と呼び、キリストの日(終末の時)の信徒たちを「喜びであり、冠である」(4:1)と表現します。この表現は、パウロが今まで用いてきた、競技あるいは試合の終わりの勝利と歓喜の時として、描くものなのでしょう。それゆえ、今の時も、キリストの日も、「主によってしっかりと立ちなさい」(4:1)、立ちましょうと、パウロは勧めます。

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