毎週の説教メッセージ

off 主において喜びなさい

tokorozawa-mikuni to 未分類  

説教:加藤 久幸 牧師

フィリピの信徒への手紙2:17-3:1a

今日の最初と最後の区切りは段落の途中ですが、それらを並べると、「…喜びなさい」(2:18)と「主において喜びなさい」(3:1a)となります。内容的には、1:12-26のように報告となっていますが、パウロは礼拝という観点から語っています。前半(2:19-24)では、パウロが拘束され、そのお世話のために派遣されたエパフロディトが病気になるという、厳しい状況の中で、テモテが派遣されることになりました。そのテモテのことがこう報告されています。「他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。テモテが確かな人であることは あなたがたが認めるところであり…彼はわたしと共に福音に仕えました」(21-22)。後半(2:25-30)では、エパフロディトのことが報告されています。パウロとの関係では、「彼はわたしの兄弟、協力者、戦友で」(25)であり、教会との関係では、「使者として…奉仕者」(25)となり、「キリストの業に命をかけ」(30)た存在だと見なしています。パウロは、回復したエパフロディトを大急ぎでフィリピに送り返そうとし、「主に結ばれている者として大いに歓迎してください。…彼のような人々を敬いなさい」(29)と、牧会的配慮を示しつつ、送り出そうとします。

今日の箇所は二人に関する報告ですが、その枠の2:17-18と3:1aを読むと、パウロの伝道者の姿勢を感じさせるものです。彼は自分の死の可能性を意識していると思いますが、今日の報告にあるような二人の人生の様々なことも含め、パウロの死も、神信仰・神礼拝の観点から捉えるのは当然なのではないかと想います。

Comments are closed.