説教:加藤 久幸 牧師
フィリピの信徒への手紙 4:10-23
現行のフィリピの信徒への手紙の最後には、教会の宣教の活動の財源とパウロの挨拶が記されています。パウロは、福音を宣べ伝えることによって生活する権利をもっていましたが(Ⅰコリント9:3-18)、諸教会から金銭を受け取ることを拒んでいたようです。それは、パウロにとっては、福音を宣べ伝える自由がかけがえのないものであったからでしょう。ですから、フィリピの教会から援助を受けるとき、パウロは、宣教の自由を宣言し、贈り物を教会の働きの実に関係づけ、神への芳しい香りに関係づけ、パウロ個人に対するものでないことを、明らかにする必要があったのだと想います。蛇足ながら、私の所沢みくに教会時代において、コロナ禍ということもありましたが、教会員の誰とも親密な[特定な]関係を築くことができなかったことは、たとえ無礼と思われようとも、互いのバランスを保つという意味ではよかったのかなとも振り返ります。今日の聖書で、パウロがフィリピの人々によそよそしく語っている、その様を意義深く想像します…。
パウロは、宣教の自由を語りますが、信徒からの贈物が、教会の活動や奉仕のわざを支えました。私たちは、その様子を、パウロの手紙を通して、すべてのことは、神を礼拝するという観点から理解されるべきであろうということに、気づかされ教えられます。「わたしはあなたと共にいる」(イザヤ書43:5)という、教会の活動、信仰の歩みを共にできたことを感謝します。ありがとうございました。

