説教:小手川 到 牧師
ヨハネによる福音書 17章1節~5節
ヨハネ福音書の特徴の一つが「十字架の受難こそが主の栄光」という神学理解です。ヨハネは信仰の目によって主の十字架の受難の意味を描こうとしたのです。ですから私たちがヨハネ福音書を読むときには信仰の目をもって読むことが要求されます。本日の主イエスの祈り(大祭司の祈り)の中に「永遠の命」という言葉がありました。「永遠の命」もヨハネ福音書によくでてくる言葉です。永遠の命とは死なないことではありません。誰もが地上の命の終わりを迎えます。ではどういうことか。永遠の命とは、「天の父なる神と御子イエス・キリストを知ることだ」、こう言うのです。永遠の命とは、私たちのために天の神さまに執り成しの祈りを捧げてくださったお方を私たちが信仰の目で知ることなのです。十字架に犠牲の小羊としてご自身を捧げ、神の栄光を現わされた御子イエス・キリストの栄光を信仰の目で見ることなのです。愛に生き愛に死んだ愛の人イエス・キリストを信仰の目で知るということなのです。天地創造の初めから世の終わりまで、全地に満ちる神さまの愛が私たちに注がれ続けていることを、私たちが心から深く味わい知るということなのであります。

