説教:岩河 敏宏 牧師(埼玉和光教会)
出エジプト記6章2節~13節
6章までは、神の民族が存亡の危機にある時(1章)モーセが誕生し(2章)、神の召命を躊躇する彼に実存「わたしはある」を示すが(3章)、なお躊躇する彼に護りの“杖”を授ける神(4章)。人類の叡智の代表者ファラオは「わたしは主など知らない」と豪語し、神を凌ぐ存在と自負する(5章)態度は現代の私たちの現実と見事に重なる展開です。私たちの存在が危機的状況であるのを神は放置せず、かつて交わした契約(数を増す・土地を得る=祝福)を心に留め、イスラエルの民(私たち)を導き出そうとされます。それは、「あなたたちの神である」という神自身の言葉が空虚なものでなく、具体的であることを示しています。6節~8節にある動詞『導き出す、救い出す、贖う、与える』の主語は全て神であり、救いは神の一方的な恵みであることを強調します。本日の中核は「わたしはあなたたちをわたしの民とし、わたしはあなたたちの神となる」(7節)です。神が願うのは、「神と民との関係回復」ですが、9節を見ると厳しい現実の前に民はモーセの言葉を聞こうとしませんが、それでも神の側から「わたしはあなたたちの神となる」と宣言されるのです。信仰とは、私たちが神を捉えることよりも、神が私たちを決して離さないことに同意し、神に信頼して自分に備えられた道を歩むことです。

