説教:小手川 到 牧師
コヘレトの言葉 9章3節~10節
「コヘレトの言葉」は、「なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい」という言葉で始まります。以前の口語訳聖書では、「空の空、空の空、いっさいは空である」となっていました。どこか東洋的な響きがあります。中世の修道士たちの朝は、「メメント・モリ」という挨拶から始まります。ラテン語で「汝の死を覚えよ」という意味です。自分はいつ死ぬか分からない。だからいつもそのような覚悟をもって生きようではないかと、互いに挨拶を交わしたのです。コヘレトは快楽主義や虚無主義の思想家ではありません。神から与えられた人生を丸ごと肯定するのです。新共同訳聖書では「空しい」と訳していますが、元のヘブライ語は「へベル」という言葉が使われています。「へベル」は「束の間」という意味です。「空しい人生ではなく、束の間の人生(空の人生)」と言っているのです。残された時間が短ければ短いほど、愛する人と生きる幸福をより深く味わうことになります。「死」と向き合うとき、「生」はより強く光を放ちます。愛する家族と共に生きる束の間の時、その一瞬一瞬が永遠と化すのです。コヘレトは死を見つめて、私たちに「生きよ」と語りかけているのです。

