毎週の説教メッセージ

off 来たるべき方

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説教:最上 光宏 牧師

ルカによる福音書7;18-26

「来たるべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」。バプテスマのヨハネは、獄中から二人の弟子を主イエスのもとに遣わして尋ねたのです。主イエスの先駆者であり道備えであるヨハネが、このような問いを発したということは、大きな驚異です。獄中の苦しみと不安から、このような問いを発したのでしょうか。たしかに、大きな艱難や死の不安は、私たちの存在を根底から揺さぶり、これまでの確信さえ揺らぐことがあります。しかしヨハネの動揺は、単に個人的な不安や苦しみによるものではなく、当時の権力者の不正と横暴に対する怒りと、なぜ正しいものが虐げられなければならないのかという不条理に対する疑問から来ているように思います。イエスが「来たるべき方」(メシア)であるなら、なぜこのような不条理なことが許されるのか、と。
主イエスは、その問いに、「行って見聞きしていることをヨハネに伝えよ」と命じ「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、…貧しい人は福音を告げ知らされている」と語りました。それはイザヤの告げた「来たるべき方」の徴であり、人々の苦難と病を担う「苦難の僕」としての生き方でした。来たるべき神の国は近づいているのです。どんな時にも神の国と神の義を待ち望みたいものです。

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