毎週の説教メッセージ

off 人を裁くな

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 説教:最上 光宏 牧師

ローマの信徒への手紙2:1-16 

 ローマの信徒への手紙の本文は、人類の罪を描くことから始まっています。1章18-22節には神を知ろうとしない異邦人の罪について述べられ、2章全体にユダヤ人の罪について述べられています。そしてその双方に対して「弁解の余地がない」と記されているのです。ユダヤ人の罪としてまず述べられていることは、「他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている」ということです。彼らは神を知り、神の掟である律法を与えられていながら、自らそれを守らず、律法を知らない異邦人たちを「罪人」としてさげすみ裁いていたからです。パウロ自身、かつて律法の学徒として、人を裁きキリスト教徒を迫害していました。彼は復活のキリストとの出会いと罪の赦しの恵みによって、人を裁くことの愚かさと罪深さを知ったのです。人を裁くとき、私たちは①自分自身を見失います。自分を義とすることにより、自分が見えなくなるのです。また②相手を見失います。相手の存在を否定し、その人格を傷つけてしまうからです。さらに③神をさえ見失う危険があります。神こそが真の裁き主であることを忘れ、自分が神のようになってしまうからです。人を裁かないことは、不正を黙認することではありません。ダビデ王に対するナタンのように(サムエル下12)、愛と配慮とをもって不義を正し、主の赦しを求めることです。

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