毎週の説教メッセージ

off 主の光の中を歩もう

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説教:加藤 久幸 牧師

イザヤ書2:1-5

私たちは、闇を抜けた先に、光があると、感じがちです。今日、アドヴェントの蝋燭の一本に火が灯されましたが、闇の中でわずかな光を灯す時、その光が私たちの世界をわずかに照らします。そして、私たちの姿も明るみに照らし出します。光を灯しながら、主の光・主の願いに思いを馳せます。私たちの歩み・光は消え入りそうで小さいかもしれませんが、主の光・心が人々を包むということがあります。それは、御子イエスの誕生の時に、羊飼いに臨んだ光のように、です(ルカ2章)。

「終わりの日に」(2節)、神は、「シオンの山」で、他と比べることのできない(高い)、「道を示される」(3節)。「国々はこぞって…そこに向かい」(2節)、「多くの民が来て言う。『…主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう』と」(3)。その日は、主が来られる時であり、その教えは4節に示されます。「主は 国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない」(4)。イスラエルが、指導する者であり、中心であるというように、私には感じられません。どの時代にあっても、イザヤの告げる招きに応えることは、難しいものです。まして、戦いに疲れ、終わりの見えない苦しみある者にとっては、なおさらだと想います。しかし、「その道を歩もう」と歩み出している人々がいることを、聖書は想像させてくれます。

この時、「主の光の中を歩もう」という招きに応え、私たちも歩みたいものです。

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