毎週の説教メッセージ

off 慰めよ

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説教:加藤 久幸 牧師

イザヤ書40:1-11

聖書にも「天上の会議」の記述があります。それは、特定の出来事の究極の意味を求める地平です(例:ヨブ記1-2章)。今日の40章も「天上の会議」の地平から始まります。1節「慰めよ…」という命令は複数形です。真の神が、天上の会議にいる者たちに、イスラエルに慰めと解放をもたらすように命じているようです。イスラエルが損失と恥をこうむった争いの時は、過ぎました。争いの終結は、幸運や偶然ではなく、時が経過したからでもありません。今のイスラエルに、「苦役の時は今や満ち、彼女(エルサレム)の咎は償われた」「罪のすべてに倍する報いを 主の手から受けた」(2)と、主が宣言されます。3節「主のために、荒れ野に道を備え」よとの命令も4・5節でも、天上の象徴的な言語が続いているようです。「主の栄光がこうして現れるのを 肉なる者は共に見る」(5)。これから始まる出来事は、神の主導によって展開することが、告げられています。第2イザヤも、畏れつつ「主の風が吹きつけたのだ。この民(私たち)は草に等しい」(7)と告白したところ、「わたしたちの神のことばはとこしえに立つ」(8)という天の声が響きます。6節「呼びかけよ」(単数命令形)と命じられた第2イザヤは、「神のことば」に押し出され、「良いしらせ」(9)を伝えるため、動き始めます。「見よ、あなたたちの神」(9)は「力を帯びて来られ」(10)「羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め」る(11)方として来られると、主を伝えます。

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