毎週の説教メッセージ

off 東方の学者たち

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説教:加藤 輝勢子 牧師

マタイ福音書2:1-12

星の専門家である占星術の学者が東の方から来て、「ユダヤの王として生まれる方は、どこにおられますか。私たちはその方を拝みに来たのです」という言葉にペロデ王は不安を抱きます。エルサレムの人々もです。しかし、民の祭司長たちや律法学者はそのことを知っていました。「ユダの地、ベツレヘムよ、…」(6節)はミカ書5:1で言われています。知っていてもそのままです。キリストの知識から言えば、東方の学者たちは星の指し示すことしか知りません。それに対して祭司長や律法学者は膨大かつ正確な知識をもっています。ところがイエスに会いに行ったのは、礼拝を捧げたのはキリストに関する知識も持たない異邦の学者たちの方でした。ルカの記事も併せれば夜通し羊の番をしていた羊飼いと羊でした。

知ることと生きること、知識を持つことと礼拝をすることは同じではないのです。肝心なのはいかに多くの知るかではなく、どのような礼拝を捧げるかです。イエス・キリストを礼拝することは生き方を変えることです。人類の知恵と技術が飛躍的に発展している現代において、多くの人がそれらのみに過剰に信頼をおいていますが、東方の学者たちは、そのような過信を戒め、すべての人が救いのためには神の導きが必要としていることを証ししています。私たちも東方の学者たちのように、礼拝をささげ、み言葉に生きる者でありたいと思います。

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