毎週の説教メッセージ

off わたしは良い羊飼い

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説教:加藤 久幸 牧師

ヨハネによる福音書10:7-21

私たちは、羊飼いも羊の門の喩えも見栄えがして理想的なことを語っていると想い描くのではないでしょうか。しかし、クリスマスにルカ福音書の降誕物語を聞く時、私たちは、羊飼いが「外に」おり(ヨハネ9:34)「野宿しながら夜通し羊の群れの番」をする(ルカ2:8)姿を見ます。そして今日の12節、「自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。―狼は羊を奪い、また追い散らす」を、私たちは当然のように想います。しかし、11節の「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」というイエスの言葉は、全く非効率に想えます。効率で考えるなら、「羊一匹を見捨てて、皆で逃げる方がよっぽど効率的である」という人さえいます。私たちは、見失われた一匹の羊を探す羊飼い、イエスの徹底した愛の関わりを深く受けとめる必要があります(同様に羊の門の喩えも意義深い)。14-15節「わたしは良い羊飼い…わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っており、わたしが父を知っているのと同じである」。イエスは17節で「わたしは命を、再び受けるために、捨てる…」と示し、16節で「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない…羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」と語ります。イエスが来たのは羊が「命をうけるため」(10)です。

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