毎週の説教メッセージ

off 主イエスとの関わりにおいて

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説教:加藤 久幸 牧師

使徒言行録19:7-20

先週の箇所(18;24-19:6)と今日の箇所(19:7-20)は、パウロたちが第三宣教旅行を始めるにあたり(18:23)、受けとめ直したことや経験した中で大事なこととして考えたことが記されているように、思います。先週は、主の名による洗礼について、学びました。主の名による洗礼は、イエス・キリストがこの世界を統べおさめたもうことを信じることであり、私たちがその新しい救いの時を主と共に歩み出すことであると、学びました。このキリスト教のメッセージは、すぐに受け入れられ、信じる人々が登場したわけではありません。今日の箇所で、パウロは、エフェソの町で、二年三か月教えたと出てきます。また、かつての箇所、[第ニ宣教旅行の]コリントの町で、一年六カ月の間(18:11)パウロが教えたと、報告されています。

今日の聖書の後半は(11-20)、エフェソでの滞在中にある事件が起こったと報告します。報告されていることは、いかにも、怪しいことばかりです。聖書は、これら「魔術」と思える問題に、命あるものとの関わりの力は、「知識」や「商品」ではなく、相手との関わりの中にある、相手との介在の一部であると、見なしています。今日の聖書の言葉を借りて言うならば(11節)、「神は〇〇の手を通して目覚ましい『神の御業』を行われた」ということを受けとめ、その実現を祈っています。それ故に、教会は、どの人も、主イエス・キリストとの関わりにおいて、人生が形造られ、主と隣人と共に歩んでいくことを、願い歩んでいます。

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