毎週の説教メッセージ

off 本当の希望

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説教:加藤 久幸 牧師

イザヤ書51:4-11

預言は、預言者を通して、「聞け」という言葉で告げられています。この「聞け」(1,4,7,21)は、聞く者たちに「奮い立て」「目覚めよ」「立ち去れ」(51:9など)という行動に向かうように促しています。行動への促しを受けるのは、後の三つはエルサレム/シオンであり捕囚の民ですが、最初の箇所(9)では主(ヤハウェ)であることに注目しておきましょう。4-6では、語りかけられる人々は「わたしの民/国」へと拡大されていますが、託される委託は「諸国の民」に神の正義・救い・裁きを明らかにすることです(参考・42:1-9)。そして、7-8では、「人に嘲られることを恐れるな」「ののしられてもおののくな」と述べ、彼らは朽ちるものであり、神の「恵みの業はとこしえに続き…救いは代々に永らえる」(8)と述べるのです。預言者の言葉の背景に、厳しい闇の社会が広がっている様を感じます…。この後「奮い立て、奮い立て 力をまとえ、主の御腕よ」(9)と、神さま御自身へ呼びかけられます。具体的には、創造と出エジプトが思い返されていますが(8—9)、根本的には、カオス(混沌)を贖われる主の臨在と主の力の到来を待ち望んだのです。捕囚からの帰還は、当時の人々にとってはこれからのことですが、創造と出エジプトの物語の想起はいつも変わらぬ主の姿を暗示しているのではないでしょうか。望みを見出すことができない人々に対して、共に歩んでくださる方、先に自らの姿勢を示してくださる方、そういう神を見出すことが本当の希望なのではないでしょうか。預言者がそういう地点にまで立ち帰り、預言している姿を想います。

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