毎週の説教メッセージ

off わたしは導き出す

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説教:加藤 久幸 牧師

出エジプト記6:2-13

今日の聖書は、モーセの派遣の再確認とでも言うべき箇所です(広いまとまりは6:2-7:7です)。「わたしは主である。わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに全能の神として現れたが、主というわたしの名を知らせかった」(6:2-3)とあります。

ここは、新しい呼び名で呼ばれる、新しい出来事を行う,主という意味で捉えるべきかと想います。この箇所は交叉の構成になっており、主(2-4と8)が成される、新しい業は、イスラエルの苦難(5と7)の現実の中で、解放の福音を告げ知らせ行う(6)というものです。主は、どんな困難に直面しようとも、モーセや民が不信仰であっても、ファラオがかたくなであっても、民を(エジプトの)抑圧から、解放しようとします。6節では、この解放が3つの言葉で表現されています。つまり、導き出し、救い出し、贖う(≒虐げられている者の権利を守る)です。民は、この新しい業をなさる主を経験する時に、新たに主を知るようになります。

出エジプト記で、主は公然と語ります。そして、その主目的も必要なところで語られます。それは、イスラエルが「主を知る」とともに、エジプト人が「わたしが主であることを知るようになる」(7:5)ことです。モーセも、今日の聖書の再確認で改めて主を知るのです。いよいよ、主の共同体の歩みが始まろうとします。私たちの最初の「根」もそこにあります。みくに教会の先達をも覚え、祈りましょう。

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