説教:加藤 久幸 牧師
使徒言行録15:1-21
今日の冒頭は衝撃的です。「ある人々が ユダヤから下って来て、『モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない』と 兄弟たちに教えていた。それで、パウロやバルナバとその人たちの間に、激しい意見の対立と論争が生じた」(1-2)。パウロたちは、この難問を解決するために、今回もエルサレム教会と接触することになりました。エルサレムの協議で、ペテロは、「神は、わたしたちに与えてくださったように 異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたこと…彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らの間に何の差別をもなさいませんでした」(8-9)と、述べました。そして、「わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです」(11)と、言明しました。その後、エルサレム教会で有力だったヤコブが、シメオン(ペテロのヘブライ名)に続いて、アモス書9:11-12を引用し、「わたし[主]の名で呼ばれる異邦人が皆、主を求めるようになる」と言及し、異邦人キリスト者には次の事、つまり「偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避ける」こと(20)を求めました。ヤコブの言明は、ユダヤの伝統の「枠」を感じさせるもので、守るべき規則はユダヤ人とイスラエル内の寄留者に適用された律法でもありました(レビ記17-18章)。最初の使徒会議では、「主イエスの恵みによって救われると信じ」る(11)ことが共通点だと私は想いますが、教会は大きく揺さぶられる「変革」の時を迎えたのです。

