毎週の説教メッセージ

off 『ローマでも証しを』

tokorozawa-mikuni to 未分類  

説教:加藤 久幸 牧師

使徒言行録22:22-23:11

パウロの弁明(22:1-21)を聞いていた人々は、「こんな男は、地上から除いてしまえ」と(22)、叫び始めました。同邦人(ユダヤ人)ファーストで盛り上がっている時に、パウロが「異邦人のために」(21)と言ったものですから、それは火に油を注ぐようなものでありました。パウロは、信仰の認識とは違うズレを意識し、語っています。最高法院の冒頭(1-5)は割愛しますが、パウロはいきなり核心に入ります。「兄弟たち、わたしは生まれながらのファリサイ派です。死者が復活するという望みを抱いていることで、わたしは裁判にかけられているのです」(6)。私は、パウロが導かれて「キリスト者となった」とは言っていないことに、注目します。22:22-30にあるように、「神の出来事」(パウロのエルサレム入り)という事態に対して、人々はどう対応してよいか苦慮しています。この時、パウロ(聖書)はこの6節の語り方で事態を表現したのではないかと、私は想います。それは、パウロが争いを企図したというのではなく、宣教の中で神のこととこの世界のことをどのように切り結ぶかという、常に迫られてきた経験に裏打ちされた提示ではなかったかと、私は想います。この後の議論は激しく(7-10)、パウロは力ずくで助け出され兵営に連れていかれます(10)。その夜、主はパウロに「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」(11)と言われたと、聖書は語ります。現実は不明ですが、主の言葉は実現すると、パウロは祈りのうちに受けとめ確信したのではないでしょうか。

Comments are closed.