毎週の説教メッセージ

off イエス・キリストの名による洗礼

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説教:加藤 久幸 牧師

使徒言行録18:18-19:7

今日の聖書は、「パウロは、なおしばらくの間ここ(コリント)に滞在したが、やがて兄弟たちに別れを告げて、船でシリア州へ旅立った」(18)と始まり、「一行がエフェソに到着したとき」やその後の様子(19-22)も報告されていますが、聖書は、パウロたちがアンティオキアで暫く過ごした後、「また旅に出て、ガラテヤやフリギアの地方を次々に巡回し、すべての弟子たちを力づけた」(23)と、第三宣教旅行の開始を報告しています。今日の聖書の背景には、パウロたちの第二宣教旅行の振り返りや第三宣教旅行の思いがあり、どうしても触れておくべき事項が挿話のように入れられているように想います。18章の最後では(24-29)、エフェソやアカイア州(コリント)でのアポロの活動を報告しています。そのアポロの活動と関連し、洗礼のことが19章の最初で(1-7)で展開されています。パウロは、「ヨハネは、自分の後から来る方、つまりイエスを信じるようにと、民に告げて、悔い改めの洗礼を授けたのです」(4)と、教えました。そして、イエス・キリストの名による洗礼は、イエスと共に新しい救いの時が始まっているという救いのしるしの洗礼であると示しました。イエス・キリストの名による洗礼は、水と聖霊による洗礼であると受けとめられ、聖霊を受けることとイエスの弟子となることは不可分であることを、表しています。キリスト教の宣教にあたって、洗礼は、人々を主と共に歩むことへと立ち直らせ、救いと恵みを思い返させる起点であると、示したのです。

off 恐れるな。語り続けよ。

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説教:加藤 輝勢子 牧師

使徒言行録18:1-17

コリントに伝道活動に来たパウロはアキラというユダヤ人とその妻プリスキラと出会いました。彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をしながら、パウロは安息日には会堂で論じていました。シラスとテモテがマケドニア州からやって来たので、パウロは御言葉を語ることに専念できました。パウロが御言葉に専念して語るようになっても、ユダヤ人が口汚くののしりました。パウロは服の塵を振り払って「あなたがたの血は、あなたがたの頭にふりかかれ。わたしには責任がない。今後、わたしは異邦人の方へ行く」(6)と言って、神をあがめるティティオ・ユストの家に移り、活動を続けました。ユストの家は会堂の隣でした。会堂長のクリスポも一家をあげて主を信じるようになりました。ユダヤ人はパウロを捕らえて、法廷に引き立てましたが、地方総督のガリオンは相手にしませんでした。コリントの信徒への手紙では「兄弟たち、わたしはそちらに行ったとき、…わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。…」(Ⅰコリ2:1-5)と、パウロがコリントに初めて訪れた時のことを思い返しています。自分は衰弱し、恐れに取りつかれ、不安であったというのです。アテネでの伝道活動がうまくいかなかったこともあったかもしれません。主の幻の中で「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。…この町には、わたしの民が大勢いるからだ」(9-10)と励まされました。私たちもパウロの姿勢に学び、キリストの福音を語り続けましょう。

off 知られざる神に

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説教:加藤 久幸 牧師

使徒言行録17:16-34

パウロのアテネ滞在の様子を、聖書は次のように報告します。「会堂ではユダヤ人や神をあがめる人々と論じ、広場では居合わせた人々と毎日論じ合っていた。また、エピクロス派やストア派の幾人かの哲学者も パウロと討論した」(17-18)。その展開の中で、パウロは、アレオパゴスで、福音宣教をすることになります。パウロは、アテネの人々の知的好奇心に訴えかけつつも、キリスト教の言説を宣べます。22-28節を再び読みますが、パウロは、29節で偶像礼拝を批判した後、30-31節でまとめへと展開します。「神は…今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられ」(30)、神は、創造の神でもあるが、「裁く」(31)神でもあると明示します。そして、この「裁き」は、「一人の方」とその方の「復活」から、すべての人に確証をお与えになった(31)と、伝えるのです。[「裁き」は、現代の用法も眺め、広く受けとめたいと思います。]パウロは、このアテネでも(他の町においてもそうですが)、聴衆から拒絶されるという危険を冒しても、敢えて「復活」について語ります。知識や「自然神学」は自然の成り行きを説明しますが、「復活」は神の領域に触れるのです…。そして、アテネの町でも「信仰に入った者」がいたという報告があります(34)。パウロは、伝えるべきを伝え、新しいことを求めるだけで(自分は変わることなく)時を過ごしていた人々を後にして、コリントへと移っていきます。

off 人を活かす言葉

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説教:岩河 敏宏 牧師(埼玉和光教会)

ヨハネによる福音書5:1-9

本日の聖書箇所は「このことの後に」(5章1節)という書き始めで、イエスとの関わりの中で“命”の在り方に焦点を当てた、4章との繋がりを読者に意識するよう促しています。本日の箇所は、池の水が動く時に、その中に入れば病が良くなるとされる池(ベトザタ)の付近に38年も居る男と、イエスとの関わりに焦点が当てられています。38年と言う年月の経過は、人生の隆盛期を過ぎて下降局面に入っていることを示唆します。人間的な価値基準からすれば、彼よりも将来を嘱望される人が居ると想像されますが、イエスはなぜ彼に声をかけたのか。彼は自分の人生における転換期(池の水が動く時)に、他人任せにする人生を歩んできました(7節)。それを聞きイエスは、「起き上がりなさい」(8節)と彼に命じます。この語は、目を覚ます・復活するとも訳され、神から与えられている使命に目覚め、新たに起き上がること(復活)を私たちが神(イエス)から期待されていることが記されているのです。しかし、彼はイエスによって新たに歩み出す機会を与えられたにもかかわらず、自身の責任で自分の人生を歩むのではなく、他者に転嫁するこれまでの歩みを改めることをしません(10節~11節)。私たちの感覚からすれば、神の期待を違えることに対する恐れがありますが、イエスは変わらず関わりを持って下さいます(14節)。人間的な基準でなく、私たちを唯一無二の存在として、イエスは「人を活かす言葉」を今も私たちに掛けています。

off 聖書を土台として

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説教:加藤 久幸 牧師

使徒言行録17:1-15

今日は、前半(1-9)でテサロニケ、後半(10-15)でベレアでの、パウロたちの宣教に触れます。テサロニケでは「三回の安息日にわたって 聖書を引用して論じ合い」(2)、ベレアでは「非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた」(11)と、あります。どちらの町でも、信じる者もいれば、信じない者もいます。結果として、テサロニケでは、「騒乱」が起こり、「群衆と町の当局者たちは動揺し…当局者たちは、ヤソンやほかの者たちから保証金を取った上で 彼らを釈放し」ます(8-9)。その「騒乱」を起こした者が、「ベレアでもパウロによって神の言葉が宣べ伝えられていることを知ると、そこへも押しかけて来て、群衆を扇動し騒がせ」ました(13)。私は、どうして聖書を土台にして論じ合うことにならないのだろうかと、想います。主張や立場が先にあって、聖書の内容に照らした協議にならない現実があります…。今日の二つの町でもパウロたちは「退く」ことになりますが、使徒言行録を続けて読み、パウロたちの宣教は、議論をし論破することではなく、福音を宣べ伝えることに最終的な意味があったのだと思います。どの町にも信じる者が起こされるというのは、聖書の言葉に誠実に向き合うのなら、パウロたちの宣教が聖書に根ざしたものであろうことを、示唆しているように想います。私たちも、聖書を土台とし、主に倣う者(Ⅰテサロニケ1:6)でありたいものです。

off 自由な人々

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説教:加藤 久幸 牧師

使徒言行録16:11-40

フィリピの町での出来事です。最初に、リディアが登場します(13-15)。主が彼女の心を開かれ(14)、彼女も家族の者も洗礼を受けます(15)。彼女は、実業家で女性で、キリスト教に対して自由で積極的な関与をします。二番目は、パウロたちが占いの霊に取りつかれていた女奴隷と出会うことから始まります(16-24)。ある時、パウロたちがこの女から霊を追い出しました(18)。女奴隷の主人たちは、商売が妨害され、市の安寧が脅かされている、しかも二人は外国人(ユダヤ人)だと結束します(19-21)。人々と当局は、パウロたちを鞭打ち、牢に投げ込みます(22-24)。第三番目は、その後の展開です(25-40)。パウロたちは、牢で自分たちのできること、賛美の歌を歌い祈ります(25)。聖書は、「神が大地震を起こし囚人たちを解放した」かのように伝えます。事実がどうであれ、囚人を逃した責任を感じ自害しようとした看守を、パウロの「わたしたちは皆ここにいる」という声が、思いとどめます。この夜の報告は乱れています。看守とその家族はその夜に洗礼を受け、パウロたちは朝になる前に牢に戻ってきます。フィリピの町で、自由な歩みを展開したのは誰だったのでしょうか。結果としてパウロたちは「町から出て行」きますが(39)、イエスの御言葉、「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする(ヨハネ8:31-32)が響きます。

off 一人一人の上にとどまった

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説教:加藤 輝勢子 牧師

徒言行録2:1-11

五旬祭の日にみんなが一つになって集まっているところに不思議な出来事が起こりました。突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いたのです。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れて、一人一人の上にとどまったのです。さらに「一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(4)のです。エルサレムに帰って来た信心深いユダヤ人は自分の生まれた国々の言葉を聞いて、話しているのが皆ガリラヤの人なので驚きました。このことは「あなたがたの上に聖霊が降ると、…地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(1:8)というイエスの言葉の実現です。

聖霊とは「教会の言葉」を生み出す力です。ペンテコステは聖霊を受けた弟子たちがイエスの福音を力強く語ったことの「教会の始まり」ですが、「教会の言葉」の始まりでもあります。その言葉を聞いていた一人一人にわかりやすく届いたのです。そのことは現在、みくに教会に関わる一人一人にも言えることです。

一同が主日礼拝を守るために教会にあつまって、みんなが讃美歌を歌い、聖書の話を聞き、祈っていると、聖霊に満たされます。そして一人一人に神さまの生きる力が宿ります。今週も、隣人のために、家族のために、自分のためにがんばるという思いがふつふつと湧いてきて、一人一人が神様からいただいた恵みを自分の言葉で語り、行動するようになります。イエス様の証人として今週も歩みましょう。

off 福音を告げ知らせるために

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説教:加藤 久幸 牧師

徒言行録15:36-16:10

今日は、前に宣教した町を再び訪問するという、パウロのバルナバへの提案で始まります(36)。しかし、誰を連れて行くかで「意見が激しく衝突し、彼らは…別行動を取ることにな」りました(39)。-事実として、複数(二つ)の宣教が展開されることになったのでしょう― 「パウロはシラス(15:34参照)を選び、兄弟[姉妹]たちから 主の恵みに委ねられて、出発した」(15:40)。パウロたちは、前の訪問とは逆コースを辿り、新しい同行者テモテを与えられます。テモテは、「信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持」ち(1)、「リストラとイコニオン-14:1-20参考-の兄弟[姉妹]の間で評判の良い人」(2)であり、「パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授け」ました(3)。パウロの本来の主張からすれば、驚かされる出来事です。さらに、使徒言行録は、パウロたち一行は「方々の町を巡回して、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定を守るようにと、人々に伝えた」(4)と、報告しています。その後、パウロたちはアジア州(6)やピディニア州(7)で宣教ができず、トロアス(8)まで行くことになり、このトロアスでパウロは幻を見ます(9)。「この幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアに出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至った」(10)と告白しています。今日の聖書は、福音宣教の実際を考えさせられます。

off 使徒会議の決定と対応

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説教:加藤 久幸 牧師

使徒言行録15:22-35

最初の使徒会議(1-21)の後、その対応が決定されます。その内容と次第は、今日の聖書に手紙(前半22-27、後半28-29)として報告されています。この手紙は、パウロたちを再び正式な使徒(=宣教者)と認め(26)、アンティオキア教会の宣教を認めています。手紙の前半では、ある者が「教会の指示(決定)もないままに…教会を騒がせたこと」にも触れています(24-25)。また、手紙の後半にある「必要な事柄」(28-29)が、最初の使徒会議で決定され(参考19-20)、この時の手紙として実際に記されたのかどうかは検討の余地があります…。使徒会議の決定については、パウロは異なる感想を持っていたようです(参考 ガラテヤ書2章)。パウロは、(ガラ2:6後半-7で)「神は 人を分け隔てなさいません――実際、その[エルサレムの]おもだった人たちは、わたしにどんな義務も負わせませんでした。それどころか、彼らは、ペトロには割礼を受けた人々に対する福音が任されたように、わたしには割礼を受けていない人々に対する福音が任されていることを 知りました」と述べています。使徒会議の承認を受けたアンティオキア教会は、主の福音宣教の教会として歩んでいくことになりました(35)。各教会の事情や資料の成立年代を考慮しつつ考えると、「必要な事柄」(28-29)という律法の枠はあったものの、最初の教会は、各々の置かれた場所で、福音を宣べ伝え、キリスト者としてどう生きるかという「倫理」に、各々が主体的に取り組んでいくことになったのでしょう。

off 最初の使徒会議

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説教:加藤 久幸 牧師

使徒言行録15:1-21

今日の冒頭は衝撃的です。「ある人々が ユダヤから下って来て、『モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない』と 兄弟たちに教えていた。それで、パウロやバルナバとその人たちの間に、激しい意見の対立と論争が生じた」(1-2)。パウロたちは、この難問を解決するために、今回もエルサレム教会と接触することになりました。エルサレムの協議で、ペテロは、「神は、わたしたちに与えてくださったように 異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたこと…彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らの間に何の差別をもなさいませんでした」(8-9)と、述べました。そして、「わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです」(11)と、言明しました。その後、エルサレム教会で有力だったヤコブが、シメオン(ペテロのヘブライ名)に続いて、アモス書9:11-12を引用し、「わたし[主]の名で呼ばれる異邦人が皆、主を求めるようになる」と言及し、異邦人キリスト者には次の事、つまり「偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避ける」こと(20)を求めました。ヤコブの言明は、ユダヤの伝統の「枠」を感じさせるもので、守るべき規則はユダヤ人とイスラエル内の寄留者に適用された律法でもありました(レビ記17-18章)。最初の使徒会議では、「主イエスの恵みによって救われると信じ」る(11)ことが共通点だと私は想いますが、教会は大きく揺さぶられる「変革」の時を迎えたのです。